世界は今、目立たない形で監視社会へと移行しています。
そして、日本もその流れから無関係ではありません。
2022年6月1日、日本では犬や猫へのマイクロチップ装着が義務化されました。
公式な目的は、捨てられるペットを減らすこと、災害時に迷子になった個体を迅速に保護することであり、日本の動物愛護管理法改正により義務化されています。
しかし同時に、「この技術と制度が社会に受け入れられるか」を測る試験的な側面があったのではないか、という疑問も残ります。
マイクロチップは粉粒ほどの大きさで、外見からは判別できません。この“見えない管理”という特性は、今後の議論に値します。
「人間には起きない」と言い切れるだろうか
多くの人は言うでしょう。
「ペットと人間は違う」と。
確かに、現時点で人間への義務化は決まっていません。
ただし、歴史を振り返ると、技術や制度は
弱い立場での導入 → 社会的容認 → 適用範囲の拡大
という道をたどってきました。
だからこそ、「絶対に起きない」と断言するより、
起きた場合に何が問題になるのかを考えておく必要があるのではないでしょうか。
行動制限という“現実”が示したもの
近年の世界的な感染症対応では、
選択の違いによって行動が制限される事例が実際に起きました。
たとえば、オーストラリアでは都市封鎖や移動制限が行われ、
中国ではQRコードを用いた行動管理が実施されました。
ここで重要なのは是非ではなく、
「社会システムから外されることが、現実に起こり得る」と示された点です。
監視は「安全」の名で進む
監視や管理は、常に「安全」「秩序」「安心」という言葉とともに導入されます。
問題は、それを拒否する自由が残されているかです。
もし将来、ある選択をしなかった人が、教育・医療・社会参加で不利になるとしたら、
それは本当に自由な社会と言えるのでしょうか。
人口管理という発想
人類は増えすぎた。
だから数を管理しなければならない。
もし支配層がそう考えているとしたら、
個人をデータとして管理する仕組みは、非常に効率的です。
ただしそれは、人を人格ではなく管理対象として見る発想でもあります。
最後に
人口削減や人口管理は非常に重いテーマであり、思わず目を背けたくなるものです。
いったい何を基準に減らすべき者と残すべき者を決めるのか。
自分はいったいどちらに属するのかを真剣に考えておく必要があるだろう。

